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2006年10月

2006年10月15日 (日)

海南友子「にがい涙の大地から」

やっと観ることができた1本のドキュメンタリー映画。海南友子(かな ともこ)さんの「にがい涙の大地から」(2004年作品)。
http://kanatomoko.jp.todoke.net/nigainamida/niga_index.html

10月10日、日中友好協会の渋谷支部、西部ブロックの実行委員会による上映会(PM6:30、千駄ヶ谷区民会館)に足を運んだ。

区民会館の50人ほど入る部屋。DVDの映像をプロジェクターで上映するため、決して映像、音声とも芳しくない。
しかし、地域で国際交流を求める活動体の集まりだけに、熱気が部屋に充満している感じだった。

 戦前、日本軍が中国で実戦に使用した毒ガス兵器。禁止されていた化学兵器の発覚を恐れ、敗戦前後に、日本軍は大量の毒ガス兵器を組織的に中国の河川、地中に遺棄した。戦後、2000人といわれる中国の人たちが、この遺棄兵器の被害を受け、どこからも補償を受けられず、苦しんでいる。
 ドキュメンタリーは、その被害者たちの悲しみ、悔しさを現在を自宅の密着取材で追う。
 作者がこの作品を、撮り続ける作業は、とてもヘビーだっただろうことは想像に難くない。海南さんは言っている。
 「これは頼まれた仕事ではないので、止めて帰ろうと思えば帰れるんです。遺棄されて60年も経ってしまった兵器で被害に遭っている人たちを、私がどうやって救えるんだろうかと、撮影中に考えすぎちゃって、本当に嫌で、止めて帰ろうと何回も思った。ただ、そこで帰ってしまうと、60年前に兵器を投げ捨てていった父親や、祖父たちの世代がした間違いと同じことをすることになるんじゃないか。途中から、そう考えるようになって、みなさんの声だけはちゃんと聞いて帰ろうと思った。そういう撮影でした。」(シネフロント 2005 4月号 普及版 インタビューより)

歴史は、過去のものではない。歴史の責任を将来に受け流せるものでもない。過去を振り返り、それを繋いでいく、今現在の行動が、歴史を進めていくものだろう。そこに、この監督の仕事の重みを感じる。

上映に先立って、「化学兵器被害の解決を目指す共同行動」の関係者から取り組み協力のお話があった。
http://blog.livedoor.jp/kaiketsu2006/

本作品にも登場していた、日本軍の遺棄毒ガス兵器の被害者は、今、医療補償などを日本政府に求め、現在、東京高裁に2つの裁判を起こし、この11月22,30日に、最終弁論、結審が行われる。
「共同行動」は、原告の中国在住の原告、被害者の日本招聘のための、資金募金を呼びかけている。

60年経ってもなお拡大し続ける戦争被害の事実を、まず直視するところから、始めなければならない

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