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2007年6月24日 (日)

DAYS JAPAN 第3回国際フォトジャーナリズム写真展

 6月18日まで開かれた、DAYS JAPAN「第三回DAYS国際フォトジャーナリズム写真展」、および特別企画展 「地球の上に生きる2007」を新宿・東口のコニカミノルタフォトギャラリーで見ました。

 最終日、18日(月)のお昼、30分程度しか時間がありませんでしたので、ざっと駆け足で回ってきました。

http://www.daysjapan.net/award/award2007/index.html 

 大賞1位の「米軍パトロールの惨劇」は、午後6時、イラク・アルファルで民間人の家族の車を、米兵が乱射。前部座席の父母が即死。載っていた子供たち6人は、両親の血をあびて、泣き叫ぶ。

 イラクでは、まったく突然起きた事件ではないのかもしれないが、その一部始終を収めた展示は、鮮血の色が生々しい。

 そのほか、がん患者、民族戦争、環境問題、児童労働、人身売買など、世界の社会問題をまとめたような作品群だった。

 しかしながら、こういう展示会を見るには、どうしてもある種の「義務感」を持たずには、足を運びにくい。いつでも、社会の目にふれる条件がないことが、問題なのだと思えるが、見たい写真より、見なくてはならない写真、という受け止めでいいのだろうか、と自問。

 この受賞作品が、『DAYS JAPAN』5月号で特集されていたので、会場で購入。巻頭に、大賞審査員の一人、池田香代子さんが「報道写真とわたしたち」という一文を載せていたので書き留めておきます。

 《「マスメディアとは一線を画した報道写真」というジャンルが存在するのは、わたしたちの絶望であり、希望です。
 絶望はふた通り。まさに目を覆いたくなるような光景こそがわたしたちの現実だという絶望と、それをはかばかしくは伝えないマスメディアへの絶望です。
 希望もふた通りです。ひとつは、そうした現実を何とか伝えようとする報道写真家たちを同時代人としてもっている、ということ。もうひとつは、報道写真に接するたびにあらためて思い知らされるのですが、消費されざる情報提示の仕方がある、消費を拒否しうる写真というものがあるという希望です。そうした情報はいつまでも消費されません。そうした写真は何度見ても磨り減りません。
 あとは、こうした情報にアクセスしようとするわたしたちの意志の問題でしょう。》

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