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2007年8月30日 (木)

中川敬さんインタビュー「これからは、1人ひとりの時代」

 ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さんのインタビューを、『ビッグ・イシュー』8月15日号で読みました。

 《特集  平和省をつくる》の中の1本。
「音楽をしようやないか」。その気持ちに平和への意志がある
―ソウル・フラワー・ユニオンの中川敬さん

 まず、最近「はやりの言い回し」から、始めてるのが興味を引きます。

 「場の空気を読めよ!」という言い回しについて、「あれは、ひどい言葉やね。結局、その集団の中で従順であれってことやろ」。

 「会社や学校の集団の中で、反戦や平和の話題を切り出すと、『コイツはややこしい奴やなのか』って浮いてしまうんやろね。ずっと浮きっぱなしのオレからしたら、よく分からない言葉やね」。

 もう一つ、やはり「キレる」という言葉も気になる。

 「要するに、キレるという状態の極限が戦争。瞬発的なネットのひどい書き込みもキレた状態に見えるしね。だから、平和について論議する前に、まず日常の自分の態度を点検すべきやと思うね。理不尽なことに怒るべき時は怒る。おもろい時には笑う。もっとおもろかったら歌う。あまりにおかしすぎたら踊るってね。平和や戦争の話は、日常的に大きなプレッシャーを抱えてストレスをため込んだ人が口角泡を飛ばしてやってもろくなことはない」。

 中川さんが、ここで言っているニュアンスは、そのまま受け取れると思います。

 私が、この箇所に興味を引かれたのは、ジャーナリズムの端くれにいても、結構、「はやり言葉」を安易に使ってしまう、あるいは、そういう記事に面白さを感じている自分がいるからです。
 たとえば、最近の「KY」なんたら、みたいな、フレーズね。

 でも、あくまで言葉、言論で、批判したり、問題を明らかにして、勝負することを曖昧にしたら、それこそジャーナリズムの自殺行為ではないか。感覚に訴える理解のし方は、インパクトもあるけれど、逆作用も大きいことを肝に銘じるべきだと思う。

 このインタビュー最後の結びの言葉もいい。最近の、デモ、パレードのスタイルが一人ひとり自由に、バラバラになってきたことについて。

 「今まではマルクスやサルトルや毛沢東やビートルズ、あるいは宗教といった具合に象徴になるリーダーがいてそこについていったけど、ついて行くだけじゃダメだってことを俺らは20世紀から学んだような気がするから。だから、これからは、一人ひとりの時代。一人ひとりが尊厳をもってしてつながる時代にしていきたいね」。

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