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2007年10月 7日 (日)

浅尾大輔さんからの『挑戦状』。しかと受け取る

浅尾大輔さんの論文「失われた『連帯』を求めて」(『論座』11月号、特集=現代の連帯)を読みました。

一番の感想を一言であらわすと、今という時代に対する「挑戦状」を叩きつけた、という印象があります。

この論考の結論的なメッセージは、結構シンプルだと思います。
今年の春先からの「反貧困ネット」の運動のスローガン”貧困問題に取り組まない政治家はいらない”に倣って言えば、”労働者を救わない労働組合はいらない”、ということではないでしょうか。

もちろん労使間の対決では、労働者側が敗北する場面も多いでしょう。しかし”救えない”のと”救わない”こととの間には、質的な違いがある。

今、非正規労働者が3割、4割と増えつつある中で、問題は組合の組織率という量的な点にあるのではなく、企業の雇用関係の外側にいる労働者の存在を”救わない”労働運動でいいのか、という質的な問題を、筆者は突きつけているのだと読みました。

浅尾氏は言います。

「崖っぷちから這い上がろうとする彼らの、たった一人のたたかいに、労働組合が寄り添わないで誰が寄り添うだろうか」

だが、しかし、です。
「先の(正社員でつくる)組合幹部たちは、長らくの会社との集団的な労使交渉の積み重ねによって、賃金(パイ)を大きくしてきたという自負がある。だが、賃上げの限界が見えてきたいま、同じフロアで低賃金・期間限定で正社員並みに黙々と働く若者たちが現れるという事態に戸惑いを隠せない。退職(クビ)と再就職を繰り返す彼らの生活はベールに包まれており、年配の正社員にとっては、まさに『異星人』だ。」

そして、筆者は「正社員と有期雇用労働者とを隔てる溝の大きさ、深さを、改めて思い知らされた」、と。

ただ、この鮮烈な問題提起について、私があえて注意したいと思うのは、ここで筆者は「旧来の労働組合」一般がダメになっているとか、その存在を糾弾しているのではない、ということ(と私は読みます)。
正社員組合員だろうと、有期雇用だろうと、一人の同じ人間。問題にされているのは、それなのに、同じ人間として、雇用形態の違いによる労働者間の「溝」(それは、まぎれもなく雇用側が作り出した、強力な分断・支配装置です)の前に、立ちすくんでしまっていいのか、ということだと思います。

もう一つ、ダメ押しのように、筆者が本論の最後に放つ「檄」が、組合=「共産党」という古くて、新しい壁を乗り越えるのは、もはや小難しい「思想」の問題ではない、という点です。

「もはや右とか、左とか、悠長なことを言っていられる状況ではない。」

「これはまでは、会社側が労働組合の連帯を分断しようと思ったら『あの組合(員)はアカだ』と言えばよかった。だがもはやそれは、不安定雇用の若者たちには効力を発揮しない。マルクスをパクッて言えば、土台が崩れているところに『上部構造』もへったくれもない」

「私たちの生きているこの時代は土砂降りの雨だ。紙は濡れ、足場はぬかるんで一歩も前に進むことができない。そのときに私たちのしなければならないことは、天下国家を論じることではなく、労働条件の最低ラインを会社に守らせるという”ブルーシート”の端をともにつまんで一面に敷きつめることではないのか。『アカ』かろうが、『アオ』かろうが、駆け込んだ労働組合に解雇を撤回させる力がありさえすればいい。」

そこに現代の新しい「連帯を築くことができる」、筆者は断言します。

私は、筆者の、この果敢な時代への「挑戦状」を、しかと受け取ります。
そして、この「挑戦状」は、人間性を飲み込む労働現場に挑む上で、怯えを棄てさせてくれる「ミサンガ」の意味も、果たしてくれることでしょう。

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コメント

浅尾さんの記事を私も読み、力強い決意を感じました。
しかし、「天下国家」をもっと楽観的に論じることも必要ではないでしょうか。現代日本の政治経済体制は「自己責任論」などで労働者をバラバラに対立させる作用を強め、「連帯」や「相互扶助」のあたりまえのスローガンが労働運動やそれと連帯する運動の当事者の独占物になっています。こうした状況は、一人ひとりの人間の内面や生き方を語ることと、「天下国家」を語ることとの距離が、これまでにかつてなかったほど接近している時代の表れといえないでしょうか。マルクスをパクッて言えば、浅尾さんやその仲間の人たちは、「土台が崩れている時代に、私たち自身が今まさにあたらしい土台を作っているのだ」と宣言すべきなのです。

投稿: siinoki | 2007年10月28日 (日) 07時58分

siinoki さんへ
コメントありがとうございました。現代の「連帯」は可能か? と言えば、間違いなく可能です。ただし、これは私見
ですが、いくら大きな旗をふっても、それだけでは人が集まる状況にはないと思われます。
一人一人の個別のケースに応じて、多彩な市民的組織、政治的組織がをつくり、それぞれに対応して寄り添うことで、マンツーマンの「連帯」がまず成立し、それをネットワーク化していく、というある種、「同時多発・ゲリラ戦」が必然的なスタイルだと思います(あくまで私見ですが)。この一見、途方もない課題に、あきらめず、取り組めるのかが大事なのではないでしょうか。
また別の面で、世間からみて、どう目立つかは、必要な要素だとは思いますが。(お返事、かみ合ってなければ、ごめんなさい)

投稿: naka-naka | 2007年10月28日 (日) 17時04分

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