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2008年9月15日 (月)

ビクトル・ハラが残すもの

Victor_jara00022  11日夜、有楽町のよみうりホールでのイベント「VICTOR JARA~もうひとつの9.11」に行きました。

http://www.ongakucenter.co.jp/other/911Victor%20Jara/victor%20jara_04.html

 冒頭は、伊藤千尋さんの熱弁で、ハラの時代のチリの状況をふりかえり、今日の南米の左翼政権樹立の流れが、70年代から民主化の歴史とつながっているんだということ。

 そして主宰者の横井久美子さんが、「アマンダの思い出」など代表曲を5,6曲会場と歌った第一部でした。

 

第二部は、浜田滋郎さん・石橋純さんの師弟対談で、ハラの音楽と人々の文化、生活の関係についてお話。彼の歌は、プロパガンダではなく、流行歌として親しまれていたという。

 最後が、ソウル・フラワー・アコーティスティック・パルチザンのステージ。観客は、どうも70年代経験者が多かいせいか、「魂花」の音楽性とは距離感もあったようで、ギクシャク感がまた初々しいか(?)。「最初はここから始めましょうや」と中川さんが苦笑い。
 
 開会時に流れたビクトル・ハラ婦人・ジョーン・ハラさんのコメントより(プログラムといっしょに会場配布)。
 
 「1973年10月、恐怖のなか、2人の娘アマンダとマヌエラを連れてチリの国境を通過することができました。スーツケースには私たちの家にあったビクトルの思い出をすべて詰めました。…
 …
 チリでは、検閲、そして検閲以上の取り締まりがあるなか、ビクトルは非合法活動をつづけ、虐殺され、彼の人生は人々の記憶から消されました。
 1990年以降にやっと、その状況を回復しようと考えることが可能になりました。

 真実を伝えよるそうした活動を進めるためには、まず人々が集まることが必要でした。アンドレス・ペレスや、賛同した100人を超えるチリの芸術家といっしょに、1992年4月、キャンペーン(las Jomandas en Punficacion del Estadio die Chile )を行いました。」

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